インド洋の東端、マレー半島沖の独立した島、マラッカ海峡の入り口という地理的な特徴から、ここがいつの時代にも貿易や軍事において戦略的に重要な役割を果たし、結果、極めて多様な文化が入り込み交流し、それらが混じり合い独自の文化を形成していったことが想像できる。海のクロスロードとも言えるこの土地とここを行き交った人々は、東南アジアの幾多の歴史の波を通り過ぎてきたのだろう。様々なものを受け入れてきたペナンの人々のDNAには、多様性の中で生き抜き自らのアイデンティティを守る術が刻まれているに違いない。

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実際、ジョージタウン旧市街を歩くと、世界遺産に登録された歴史地区ではあるが、過剰に観光産業が展開されておらず、人々の日常生活があたりまえに続いていることが印象的だ。多くの住民は世界遺産登録などにはさほど関心がなさそうな振る舞いで、古いものも新しいものも大切にしている。街中に植民地時代に建てられた荘厳とも言える建物をそのまま使うホテルや、イギリス東インド会社が残していったコーンウォリス要塞(Fort Cornwallis)などが数多く残る一方で、海岸に出てみると、数キロ先にペナンの新市街の高層ビル街が見える。その風景からは資本と情報が集積される国際港湾都市特有のエネルギーが感じられる。さまざまな出来事をくぐり抜けてきたペナンは、歴史をレスペクトしながら多様性へ適応しつつ、都市としての進化を続けているのだ。

旧市街の細い通りを歩いていると、突然の雨が降ってくる。マレー風の建物が濡れ、壁の色が一段と濃くなる。軒から流れ落ちる雨粒で路面のにぶい輝きが増し、雨が止むまで街の動きがしばし止まるのは、アジアの熱帯特有のゆるやかで美しい景色だ。そのように昔から変わらぬ自然の姿の中に、長い時の移り変わりを当事者として見続け、さまざまな人たちが去来したジョージタウンの持つ土地のスピリットが浮かび上がってくるようだ。ここは国際的な観光地でありながら、そこに暮らす人々の肩からは力が抜けていて、それでも来訪者をもてなすリソースがしっかりと整うという、なんとも豊かな土地。海のクロスロードであり、文化的多様性の宝庫なのだ。

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わずか数日の滞在で、この街に想像以上に深い趣と歴史が息づいていることを知った。それは旅でしか味わえない新たな発見だ。そんな充実感を胸に、帰路につくために空港に向かう。道中、海沿いの高速道路を進むと、マラッカ海峡にペナント島とマレー半島をつなぐ美しく長大な橋が2つかかっているのが見える。かつて、インド洋に浮かぶ島であるからこそ発展したペナンは、今やマレーシア半島と陸続きなのだ。絶え間なく続いてきたペナンの変化と進化の証の一つだ。

ペナンからKLに戻るフライトは、ファイアーフライを利用する。マレーシア航空が全資本を出資する航空会社である。自らをLCCではなく「コミュニティエアライン」と呼んでいるが、実質的には地域の短距離路線のLCCだ。出発ゲートでは同社の国内と国際線フライトが頻繁に発着しているが、やはりKL行きの便が多い。到着機が遅れても、そもそも短いターンアラウンドタイムをさらに縮めて折り返しの出発便をオンタイムに戻そうとする努力は、日本の国内線のようである。需要の拡大や競合を通して、マレーシアの航空産業が高効率化そして成熟に向かっているのかもしれない。

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機内に乗り込む。機材は往路のマリンド・エアと同じATR-72型機である。客室ではオーバーヘッドビンや機窓周りがびっしりと広告で埋め尽くされているのが強烈だ。シンプルでスッキリとした往路のマリンド・エアと比べると、同じ路線・同じ機材、そしてほぼ同じ運賃で飛ぶ 2つの国内LCCの大きな差には少し戸惑うが、経営戦略やカスタマーサービスのコンセプトが根本的に違うのだろう。クルーは鮮やかなオレンジ色のユニフォームに身を包み、サービスの質は高い。やはりたった1時間のフライトでありながらも、ドリンクサービスがある。因みに社名のファイアーフライは「蛍」の意味で、機敏な動きや美しさ、楽しさを表現するという。

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到着はKLのスバン空港だ。KLIAが1998年に開港するまではKL唯一の国際空港であり、KLIAが市内中心部から約77km離れているのに比べその距離が約15kmであることから、現在は「シティエアポート」の位置付けで、プロペラ機の定期便、政府専用機、特別機などが発着する。マレーシア航空とファイアーフライの本社もこの空港にある。

このスバン空港、かつては3つあったターミナルも現在は1つだけが供用中なのだが、それでもその規模と空港機能の充実ぶりはさすが旧首都空港である。市内までもタクシーですぐであることからも、忙しいビジネスマンなどがKLIAよりもこちらも好むであろうことが想像できる。参考までにスバン空港とKLIAを結ぶエアポートバスの運賃は10RM(約270円)。所要時間は1時間〜1時間半である。

駆け足でジョージタウン旧市街を訪れる駆け足の旅だったが、ペナンと東南アジアの歴史の一端を再認識し、マレーシアの最新の航空事情を体験する機会となった。やはり人の移動や移動手段の変化は、そこに住む人々の長い歴史や文化に強く紐付いている。海のクロスロードであるペナン、そしてマレーシアを中心にした地域の空の旅の変化と進化は、これからも続いていくだろう。

インド洋の東端、マレー半島沖の独立した島、マラッカ海峡の入り口という地理的な特徴から、ここがいつの時代にも貿易や軍事において戦略的に重要な役割を果たし、結果、極めて多様な文化が入り込み交流し、それらが混じり合い独自の文化を形成していったことが想像できる。海のクロスロードとも言えるこの土地とここを行き交った人々は、東南アジアの幾多の歴史の波を通り過ぎてきたのだろう。様々なものを受け入れてきたペナンの人々のDNAには、多様性の中で生き抜き自らのアイデンティティを守る術が刻まれているに違いない。

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実際、ジョージタウン旧市街を歩くと、世界遺産に登録された歴史地区ではあるが、過剰に観光産業が展開されておらず、人々の日常生活があたりまえに続いていることが印象的だ。多くの住民は世界遺産登録などにはさほど関心がなさそうな振る舞いで、古いものも新しいものも大切にしている。街中に植民地時代に建てられた荘厳とも言える建物をそのまま使うホテルや、イギリス東インド会社が残していったコーンウォリス要塞(Fort Cornwallis)などが数多く残る一方で、海岸に出てみると、数キロ先にペナンの新市街の高層ビル街が見える。その風景からは資本と情報が集積される国際港湾都市特有のエネルギーが感じられる。さまざまな出来事をくぐり抜けてきたペナンは、歴史をレスペクトしながら多様性へ適応しつつ、都市としての進化を続けているのだ。

旧市街の細い通りを歩いていると、突然の雨が降ってくる。マレー風の建物が濡れ、壁の色が一段と濃くなる。軒から流れ落ちる雨粒で路面のにぶい輝きが増し、雨が止むまで街の動きがしばし止まるのは、アジアの熱帯特有のゆるやかで美しい景色だ。そのように昔から変わらぬ自然の姿の中に、長い時の移り変わりを当事者として見続け、さまざまな人たちが去来したジョージタウンの持つ土地のスピリットが浮かび上がってくるようだ。ここは国際的な観光地でありながら、そこに暮らす人々の肩からは力が抜けていて、それでも来訪者をもてなすリソースがしっかりと整うという、なんとも豊かな土地。海のクロスロードであり、文化的多様性の宝庫なのだ。

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わずか数日の滞在で、この街に想像以上に深い趣と歴史が息づいていることを知った。それは旅でしか味わえない新たな発見だ。そんな充実感を胸に、帰路につくために空港に向かう。道中、海沿いの高速道路を進むと、マラッカ海峡にペナント島とマレー半島をつなぐ美しく長大な橋が2つかかっているのが見える。かつて、インド洋に浮かぶ島であるからこそ発展したペナンは、今やマレーシア半島と陸続きなのだ。絶え間なく続いてきたペナンの変化と進化の証の一つだ。

ペナンからKLに戻るフライトは、ファイアーフライを利用する。マレーシア航空が全資本を出資する航空会社である。自らをLCCではなく「コミュニティエアライン」と呼んでいるが、実質的には地域の短距離路線のLCCだ。出発ゲートでは同社の国内と国際線フライトが頻繁に発着しているが、やはりKL行きの便が多い。到着機が遅れても、そもそも短いターンアラウンドタイムをさらに縮めて折り返しの出発便をオンタイムに戻そうとする努力は、日本の国内線のようである。需要の拡大や競合を通して、マレーシアの航空産業が高効率化そして成熟に向かっているのかもしれない。

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機内に乗り込む。機材は往路のマリンド・エアと同じATR-72型機である。客室ではオーバーヘッドビンや機窓周りがびっしりと広告で埋め尽くされているのが強烈だ。シンプルでスッキリとした往路のマリンド・エアと比べると、同じ路線・同じ機材、そしてほぼ同じ運賃で飛ぶ 2つの国内LCCの大きな差には少し戸惑うが、経営戦略やカスタマーサービスのコンセプトが根本的に違うのだろう。クルーは鮮やかなオレンジ色のユニフォームに身を包み、サービスの質は高い。やはりたった1時間のフライトでありながらも、ドリンクサービスがある。因みに社名のファイアーフライは「蛍」の意味で、機敏な動きや美しさ、楽しさを表現するという。

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到着はKLのスバン空港だ。KLIAが1998年に開港するまではKL唯一の国際空港であり、KLIAが市内中心部から約77km離れているのに比べその距離が約15kmであることから、現在は「シティエアポート」の位置付けで、プロペラ機の定期便、政府専用機、特別機などが発着する。マレーシア航空とファイアーフライの本社もこの空港にある。

このスバン空港、かつては3つあったターミナルも現在は1つだけが供用中なのだが、それでもその規模と空港機能の充実ぶりはさすが旧首都空港である。市内までもタクシーですぐであることからも、忙しいビジネスマンなどがKLIAよりもこちらも好むであろうことが想像できる。参考までにスバン空港とKLIAを結ぶエアポートバスの運賃は10RM(約270円)。所要時間は1時間〜1時間半である。

駆け足でジョージタウン旧市街を訪れる駆け足の旅だったが、ペナンと東南アジアの歴史の一端を再認識し、マレーシアの最新の航空事情を体験する機会となった。やはり人の移動や移動手段の変化は、そこに住む人々の長い歴史や文化に強く紐付いている。海のクロスロードであるペナン、そしてマレーシアを中心にした地域の空の旅の変化と進化は、これからも続いていくだろう。