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廃港したカンボジアの地方空港に潜入してみると…

カンボジア国内には現在、旅行者がすぐに利用できる空港が、首都プノンペン、南部のリゾート都市・シアヌークビル、そしてアンコールワットをあずかるシェムリアップの3都市にしかない。かつてはこれら以外にもいくつか空港があったのだが、いずれも内戦と国内の混乱や経済の低迷などから廃港や定期便廃止の憂き目にあっている(同様に新興の航空会社の設立・運航停止も少なくない)。

そんな廃港した空港の一つが、首都プノンペンから約300キロの北西に位置するバッタバンの街にあるというので、カンボジアの地方をぶらぶら移動するついで、その「旧バッタバン国際空港跡地」に寄ってみることにした。物好きなヤツだと笑われそうだが、そもそも廃墟的なものは自分にとって気になる存在である。かつてそこを行き交った人々の「気」や残り香のようなものから、時の流れと現実の儚さを実感できるからである。

バッタバンは人口で国内2番目といっても、政治と経済の中心地・首都プノンペンと、国内最大の観光地シェムリアップ(アンコールワット)の陰に隠れて、あまりに地味な存在だ。シェムリアップからバスで約5時間かけて到着すると、なるほど、街並みは確かに地味である。しかしその分だけ落ち着きがあり、街区の設計や古い建物にはかつてのフランス統治時代の雰囲気が残され、人々の平穏な生活が息づいているのが分かる。観光地としての見どころはあまりないが、町全体の空気感はカンボジアの「古都」と言えなくもない。

さっそく宿の女性に「バッタバン空港に行きたい」と尋ねてみると驚く様子もなく、「空港行くなら夕方からね。私もよく行くよ!ホテルの自転車、使ってイイよ」という返事。民間空港としては廃港され、施設は現在、カンボジア王立空軍の管理下に置かれ兵士と国防省の役人が駐留していると聞いていたので、その軽快なリアクションに少し拍子抜けする。どういうことだろうか、と少し混乱しながらペダルを漕ぐ。

20分ほどで到着した街はずれには質素なゲートがあり、兵士が数人、暇そうに立ち話をしている。そしてその横をバイクに乗った若者たちやカップル、家族連れがどんどん通過してする。形だけのIDチェックや僅かながらの料金(数十円)徴収があったりなかったり、とてものんびりしている。むしろ誰もがとても楽しそうだ。

自転車に乗ったまま空港のエントランスゲートを進むと、畑が広がり水牛が畝で草を食んでいる。水牛が空港運用中からいたのか、廃校後に畑が作られて連れてこられたのかは定かではないが、ゲート内部の敷地の広さから空港としてはかなりの規模があったことがわかる。

 

空港中心部に近づくと、小ぶりな旅客ターミナルなどの空港施設が見えてくる。閉鎖されてはいるものの状態は良く、すぐにでも再活用できそうだ。さらにランプエリア(ターミナルより向こうの滑走路側)に進むと、管制塔やかまぼこ型の小型航空機ハンガーなどがそのまま残されている。そして先ほどからどんどん入場している一般の来訪者は、三々五々、誘導路やエプロン(駐機場)に座り込んだり、滑走路をバイクで飛ばしたり、ダンスをしたり、ジョギングするなどしている。さらにはランプエリアの端、かつての航空機の誘導路では食べ物や飲み物を出す屋台が並び、 テーブルと椅子を並べている。なんというか、完全に自由な世界が展開されている。

滑走路を散歩している若いカップルに話を聞くと、閉鎖された空港滑走路に地元の高校生らが放課後にこっそり入り込んで夕方涼みなどを楽しんでいたことをきっかけに、その広大なスペースの快適さや「旧空港」という楽しさなどが一般市民の間に広まり、今では正式に毎日午後4時から日没まで一般開放。多くの市民の憩いの場になっているのだという。なるほど。ホテルの女性の「私も行くよ!」という言葉の意味がよくわかった。

廃港スペースに開放感を求めるほど街中に都会の喧騒や閉塞感があるようには思えないし、なにより打ち捨てられ朽ちている「廃墟」的なものへの期待は裏切られたが、1600メートル滑走路と広大なランプエリアが巨大なアミューズメント施設のように機能しているのは実に楽しい。世界には廃止された空港はいくつもあるが(日本にもあります)、こんな自由な使い方・使われ方と、一般市民への受け入れられ方は極めて稀だろう。それはカンボジアの人々の持つ寛容さと鷹揚さにもつながっているようにも思える。かつてそこを行き交った人々の「気」や残り香のようなものから、時の流れと現実の儚さを実感することはほぼできない代わりに、解放的な夕暮れの中自分も少し前まで航空機が離発着し滑走路中央を猛ダッシュして、その特別な楽しさをカンボジア人たちと共有してみる。ローカルと同じように振る舞い心地よい笑いを共有できるのは、旅先の幸せな瞬間である。カンボジアの地方を彷徨うことがあったら、バッタバンの街の空港跡地に足を伸ばしてみるといいだろう。

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後日、カンボジア国内の経済が成長し航空市場が拡大した暁には、バッタバン空港が民間空港として運用を再開する可能性もあると聞いた。そうか、あの施設の一般開放は、そんな未来に備えて空港施設と機能を荒廃させないための温存策の一つだったのかも、などと考えるのはカンボジアとカンボジアの人たちを贔屓目に見すぎだろうか。

 


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