タイ南部のサムイ空港は、国際的な観光地、コサムイ(サムイ島)の空の玄関口である。しかし、国内主要空港を運営するAOT(タイ空港会社)の管轄下にはなく、民間航空会社であるバンコク・エアウェイズが自ら設置・運営している。熱帯のリゾートの島にエアラインが独自に空港を持つなど、なんともカッコ良く、楽しそうではないか。さらに同空港には将来に向けた独自の野望もあると聞く。サムイ島とサムイ空港がいったいどんな場所なのかを実際に見てみようと、現地に飛んでみた。
搭乗予定のバンコク・エアウェイズのバンコク・スワンナブーム発サムイ行きの早朝便の機材は、ATR-72型機だった。この小型の双発ターボプロップ機はエアステア(収納式搭乗階段)を備えているので、ターミナルのゲートから続く搭乗橋は使わない。エアラインの自社ランプバスで運ばれた先は、スワンナブームの光り輝く巨大旅客ターミナルが豆粒ほどに見える遠く離れたリモートスポットだが、地上に降り立ち外気に吹かれ、離陸機のエンジン音を聞きながらメガエアポートの全容を見渡すのは爽快だ。
バンコク・エアウェイズはその名のとおりタイの首都バンコクを拠点にする、同国第2位のフルサービス・キャリア。昨今存在感を高めるLCCとは一線を画していること、タイ国の優良認証を受けた民間企業であること(つまり国営企業のタイ国際航空との差異)などの独自カラーとして押し出している。コーポレートカラーは淡いスカイブルーで、軽やかさと品質、そして都会的な洗練を強調する。
搭乗が終わり、ドアが閉まる。機体は自走で駐機スポットから動き出し、あっという間に離陸する。フライトタイムは1時間20分。一路熱帯のリゾートアイランドへ向かう機内では、プロペラ機特有のエンジン音とわずかな振動さえ楽しい。そして客室乗務員が凛とした笑顔で、温かい朝食の提供を始める。特別なことはさほどないのだが、機内サービスの充実度に妙に感心してしまうのは、自分がLCCに乗り慣れてしまったからなのか、あるいはいつの間にかこのフルサービス・キャリアを贔屓目に感じてしまっているからなのか。せっかくなので客室乗務員にサムイ空港が自社運営であることについて尋ねてみると、「そうそう。いろんな点でとてもスマートな空港ね」という意味の答えが返ってくる。おいおい、その答え方そのものがなんともスマートじゃないかと、さらに感心したりする。
フライトがサムイ空港に向けて降下を始めると、機窓から臨む景色が一面のエメラルドグリーンの海原であることに気づく。サムイ島は南北に長いタイの南部に位置する世界屈指のトロピカルリゾートの島で、別名「ココナッツ・アイランド」。面積は同国で3番目に大きく、東京23区の面積の約半分ほどある。しかしながら条例により環境に配慮した開発が義務付けられていて、島全域で観光施設などが自然との調和が保たれたスタイルで整備されるという。
着陸後、ターミナルまでランプ内専用のワゴン車両で移動しながら周囲を見渡すと、確かにターミナルビルなどの建物はすべて平屋で、周囲の緑濃い木々の枝葉に埋もれている。文字どおりの自然との調和がとても印象的だ。空港全体にも南国特有の開放感や自由さが感じられると同時に、押し付けがましくないデザインの統一感がある。木材を多用する空港施設にはほとんど壁や窓がなく、ほぼすべての設備がオープンエアになっている。聞くところによるとガラスドアがきっちり閉ざされているのはエアコンを激しく使うアイスクリームショップと高級志向のギフトショップだけ、とのこと(最近は、搭乗待合室の一つに空調が導入されたそうだだが)。まぎれもなく風通しが良い空港、と言うことになるだろうか。働いているさまざまな職種のスタッフ(実際の所属会社は多岐にわたる)のユニフォームもほぼブルーを基調にしたデザインであることに気づく。空港全体としての統一感を整えていると思えてならない。そう、ここには東南アジアの地方空港らしからぬ、高級リゾート施設のようなスタイリッシュさがあるのだ。これが客室乗務員の言う「スマート」ということなのか。
さらに空港内の探索を続けたいところだが、取りあえず到着ターミナルから空港の外に出てみる。なんと言ってもここは南国の島、土地の生の空気も直に感じてみたいからだ。空港周辺は島随一の市街地となっているが、表通りを含めタイののどかな田舎町といった風情である。制服で通勤する空港勤務者を含む島民たちが帽子とサングラスや日傘などを身に付けて、のんびりと通りを移動している。すぐ近くのビーチ沿いのエリアには高級リゾートホテルや別荘などが連なっている。空港は島北部の海岸に近いため、いくつかのビーチからは滑走路に発着する航空機を間近に見渡せる。飛行機好きにはなかなかオイシイ島かもしれない。手付かずの海岸エリアもあるので、好きなアングルで自分だけのスポットを探すのも楽しそうだ。
島には舗装された周回道路がある。車で一周回っても2時間弱ほど。島内各所に見どころとされるスポットが点在するが、どれも規模は比較的小さい。それより島全体を覆うほぼ手付かず自然と、南の島に穏やかに暮らす人々、そしてゆったりと流れる時間がなによりのサムイの魅力だ。ビーチやマリンスポーツ、トレッキングなども各所で自在に楽しめるほか、中心部にはモダンなショッピングモールやタイ独特の雑多な商業飲食エリア、そしてナイトライフゾーンもあり何でも揃う。ここは訪れる人ががっかりしない、いい具合に成熟した熱帯のリゾートアイランドなのである。実際、島内各所で長期バカンス中(あるいは「沈没」中)の欧米からの旅行者に出会う。彼らのように島の中心部を離れて数週間、数ヶ月滞在のんびりと時間を過ごすことを想像しつつ、取りあえず私は近場の散策である。多くの旅行者はあえて足を伸ばさないであろう、空港周辺エリアを足早にそしてディープに回ってみることにする。
島の最北部の近くを走る道路から裏通りを3本ほど入ると、空港敷地の北端のエリアに出た。空港敷地の限界を示すフェンスと滑走路の端がすぐそこに見える。質素な保安ゲートがあり、その先の敷地内には滑走路の端のすぐ外側を回りこむように未舗装の道路が続いていて、一般のバイクやクルマなどが堂々と空港敷地内を横切っている。ここは滑走路横断のショートカットなのだ。しかし緊張感はまるでない。さすがに航空機がアプローチするときには一応ゲートの遮断バーが閉まり、通行が止められるが。それ以外は完全開放である。それではとゲートの中に進み、滑走路の端からほんの数メートルの、航路の真下にあたる位置に立ってみる。なかなかの迫力である。すると航空機のエンジン音が遠くに聞こえる頃に係員がのんびりとやってきて、「着陸だよー。移動してね」と告げてゲートの外まで誘導してくれる。ゲートの外と言っても竿竹製の遮断バーが一本あるだけである。必要な保安基準はきちんと順守しながらも、原理原則の規則で縛り付けるだけではない「サムイ式」の寛容さを好きならずにいられない。
そのショートカット道路を通り抜けて空港ターミナルに戻ってみる。改めて施設を眺めると、搭乗手続きカウンターのある建物から出発ゲートのある建物までの通路は屋外であることが分かる。熱帯の樹木に覆われつつも手入れが行き届いたオープンエアのコンコースが、100メール近く続いている。途中、木々の間にギフトショップやレストランなどが見える。その雰囲気はまるで、オフシーズンの郊外のアウトレットモールや野外美術館のようである。こんな空港は他にあるだろうか。ここは豪華さではなく、土地にマッチしたデザイン性・快適性を追求しているのだ。画一的な「空港」の標準設計からは決して生まれないこの自由さとオリジナリティこそ、「私有空港」の最大の特徴だろう。施設の外見だけでなく、空港内に「何をしているかよく分からない役人風の職員」の類が極めて少ないことも印象的だ。民間企業が当たり前に独自の事業として運営すると空港はこうなる、という見本かもしれない。
フライトモニターを眺めてみると、この空港がまさにバンコク・エアウェイズの私有で独壇場であることがよく分かる。1日の出発便ベースだと、バンコク・エアウェイズのフライトが約30便あり(機材はATRからA319など様々)、その内約20便がバンコク行きで、クアラルンプール・シンガポール・香港などへの国際線は10便以下だ。バンコク・エアウェイズ以外の航空会社のフライトは僅か数便。その中にはタイ国際航空のフライトもある。サムイ空港は1989年の開港以来、「自社空港」としてバンコク・エアウェイズのみが使用していたが、2008年になってようやく初の他社便としてタイ国際航空のバンコク便が就航したという。ここでは今も、国営航空会社と言えども影が薄く、かろうじて発着する機体のロゴでその存在を示す程度だ。
就航フライトでもう一つ特徴的なのはコードシェア(共同運航)便の多さ。バンコク・エアウェイズのバンコク線には1便で同時に最高で8社とコードシェアをしているものまである。バンコク・スワンナブームに乗り入れる世界の航空会社が、バンコク〜サムイ間を自社乗継便として販売したくてたまらないのである。コードシェア・パートナーは15社以上あり、その内約8社がJALを含むワンワールド加盟航空会社である。もちろんそれに限定されるわけではないが、全体的になんとなくワンワールド寄りなのは、タイ国際航空がスターアライアンスのキャリアであることにも理由がありそうだ。群雄割拠の様相を呈するタイと世界の航空市場の熾烈な競争が、こんな熱帯の私有空港にまで影響を及ぼし、規模は違うもののスワンナブームとは逆転した力関係が見え隠れするのは興味深い。バンコク・エアウェイズが私有空港のメリットを最大限生かして、自社のビジネスに有利に就航路線とキャリアをコントロールしているのは、間違いない。まさに「スマート」である。
このようにサムイ空港は私有と言えど、保安基準や設備、運用は世界基準であり当局の認可を得ていることは当然として、世界のどの空港とも違うテイストでひたすらゆるく快適、それでいてブランディングとビジネスを効率的に運用している。環境への配慮から同空港の1日のフライトが最大 36便に制限されているそうだが、その絶妙な規模感も周到に計算された結果のようにさえ思えてしまう。一方で旅客にとってのデメリットがないわけではない。分かりやすいものの一つが独占的な就航路線と便の高い運賃である。バンコクの2空港からサムイ空港までのバンコク・エアウェイズの片道運賃は5000バーツから7000バーツ台(日本円で1万6千円から2万5千円程度)。飛行距離がほぼ同じのスラタニ空港までならLCCの運賃が1500バーツ以下からあることを考えると、軽く3倍以上の設定なのである。LCCとフルサービス・キャリアの違いを差し引いても、このギャップは大きい。結果、バンコク・エアウェイズを利用してサムイ島を訪れる旅客は、比較的裕福な(あるいは旅行にお金をかける)層がメインとなる。ちなみにサムイ空港の空港使用料も300バーツと、スワンナブームの同様の空港使用税と比べてちょうど3倍になっている。サムイ空港路線の利用を「旅の選択肢の一つ」と割り切れないところが、特にバジェットトラベラーにとっての悩みどころだ。
バンコク・エアウェイズによると、同社は今後もサムイ空港の運用拡張を計画。さらなる国際線の開設を進め、「タイ第2の国際ハブ空港」にすることを目指すという。自社空港を国内第2位の国際空港にするとは、事業計画としてはかなり壮大である。一見、自由でデザイン志向なだけのリゾート空港だが、よく見ると相当にユニークな存在のサムイ空港。利用者としては多くの面でこれまでになかった空港の雰囲気を体験できるし、自分や地域にとっての「良い空港」を考える際のヒントを得られるだろう。旅の刺激として訪れるのはオススメである。ちなみにバンコク・エアウェイズはサムイ空港のほかにも、タイ国内でスコタイ空港とトラット空港も「私有空港」として運用している。
そんなことを考えつつも、バンコクへの帰路はLCCノックエアの「フライ&フェリー」を利用する。「サムイ発バンコク行き」として販売するこの「航空券」は、実際には、サムイ島から本土までの高速フェリーと、フェリー桟橋からスラタニ空港までの連絡バス、そしてスラタニ空港かバンコク・ドンムアン空港までのフライトのチケットを組み合わせたもの。あえて利用するのは往路直行便との比較をするため、と言えば聞こえはいいが、実は自分がコストコンシャスで時間だけはあり余る旅行者だからである。「フライ&フェリー」の運賃はバンコク・エアウェイズ直行便の3分の1以下だが、所要時間は3倍以上になる。その間の旅の出会いと楽しみや移動の疲労度も3倍になるかどうかは自分次第である。いずれにせよ旅行者にとっては、サムイ空港のような自由度の高いユニークな空港がそこにあること、そして往路・復路の大きなギャップを簡単に体験できてしまうことを、今の東南アジアのダイナミックな旅の魅力と捉えるのが賢明だろう。