Site icon 旅行情報サイト ぶらり

ストリートをぶらついて「ブンチャー」を食べるハノイ

ノイバイ国際空港

機体がハノイのノイバイ国際空港滑走路にランディングする。向かう先は2014年12月に完成した国際線用の第2ターミナル。ガラスを多用したモダンで機能的なデザインが特徴的で、まさに成長する今のベトナムの首都に相応しい規模と先進性が形になっている。少し離れて建つ従来の空港ビルは現在、第1ターミナルとして国内線専用に使われており、味わいのある東南アジア風の建築意匠が美しい。1978年の開港であるかことから、インドシナの歴史の証人でもあるだろう。対比する2つの空港ターミナルもまた、近年のベトナムを象徴しているかのようだ。

ハノイには特に所用も積極的な観光の予定もなかったが、今のベトナムの空気を感じようとやってきた。まさに週末のぶらり旅である。民主化で門戸が開かれたミャンマー、暫定軍事政権が続くタイ、観光を強気で推し進めるカンボジア、独自路線を進むラオス、そして社会主義国でありながら経済が拡大するベトナムと、インドシナ諸国は相互に複雑に絡み合いながら、さまざまな話題に事欠かない。そんな動きを各国で直に感じることは重要だ、と言うのは建前で、さっとベトナムに行って旨いものを食べることがより重要なミッションだったりする。

市街中心部までは約45キロ。タクシーや乗合バスで40〜50分で到着できるが、市街地に入る手前でホン川(紅河)に架かるニャッタン橋を通過する。2015年1月に開通した東南アジア最大級の斜張橋で、巨大な橋脚と斜めに連続で張られたワイヤが美しい。新空港ターミナルとセットで開発された大規模インフラで、共に日本の資金援助と技術協力で建設された。道幅や橋が狭く渋滞が激しかったかつての空港アクセスに比べると、その印象はほとんど未来都市である。それを見上げるローカルのベトナム人の表情もどこか誇らしげだ。

 

ハノイの旧市街に到着すると、街の喧騒を間近に感じられる。ああ、やってきた。それはまさにベトナムの空気感。バイクはもちろん、自転車も現役の主要交通手段だ。物売りや屋台、ローカル食堂の類は街中数知れず、またそこに若者を中心したベトナム人が集っている。家族連れやカップルも多いが、総じて、服装がどこかオシャレで表情が明るい。(体制はともかく)政情が安定し、経済が動いているということはこういうことだろうか、と遠い昔にこの地を訪れた時の雑多な街の記憶を、目の前の光景に重ねてみる。公園や広場などでも、さまざまな人たちが談笑し、セパタクローやダンスなどのスポーツを楽しんでいるのが印象的だ。私のような外国人旅行者も多く、誰もがどことなく嬉しそうだ。

ベトナムは一時の勢いほどではないものの今も、年率で5%前後の経済成長を続けている。ASEAN諸国の中では最もその動きが見える国の一つだろう。そしてハノイはそんなベトナムの政治と経済の中心である。同じベトナムでも南部の商業都市ホーチミンシティとは空気もノリも違う、活発な社会生活の中に、どこか首都の落ち着きと余裕、さらには威厳や人々の誇りのようなものが感じられるのだ。ハノイには古いものもたくさん残る。良き東南アジアの歴史もキープしながらも、先端的な立ち位置を推し進めるのは、どこか「大人のテイスト」かもしれない。それをサポートするかのようにホテルなどのホスピタリティビジネスを世界で、多くの若い人たちがスマートに英語を操るのがとても印象的だ。ハノイでは東南アジアの成長と変化とが具現化されている。

街の全体の雰囲気を掴んだところで、重要ミッションの「食」である。街を散策しながらフォーや生春巻きと言った定番フードに舌鼓を打ったのはいうまでもないが、安宿の主に「夕食には何が良いか?」と聞くと、「やはりブンチャーでしょう」と言う。ブンチャー?それは「ブンという細い米麺を、炭火で焼かれた豚つくね・バラ肉と青パパイヤ入りの甘酸っぱいつけダレ(ヌクチャム)につけて、野菜と一緒に食べるハノイのローカルフード」だという。ベトナムスタイルの肉野菜つけ麺か?

近所に旨い専門店があるというので、足を運ぶ。簡易食堂の体の店内に座ると、メニューは無く、女性スタッフが人数分のブンチャーを寡黙に運んでくる。麺、肉入りつけダレ、生野菜、そして揚げ春巻きが、所狭しとテーブルに並ぶ。隣のローカル客を真似て食べてみると、つけダレは炭焼きの肉が大量に入っているにも関わらず、なんともさっぱりしている。麺も素麺のような歯ざわりで、これは和食か、と思うほどだ。肉の香ばしさとの組み合わせで野菜も進み、バランスが良い。そして箸が止まらない。んー、ハマる旨さである。

これがフルセットで1人9万ドン(約450円、揚げ春巻きなしだと約300円)程度だからたまらない(そう、私はコストコンシャスな旅人である)。こんな旨いものがこの世にあったのか・・・、と感激していると、このブンチャー、「世界中が大絶賛」しているという。調べてみると確かにナショナルジオグラフィック誌が2014年、「世界のストリートフード10選」の一つに選び、多くの賛同を得ている。知らなかった・・・・。極めて重要な世界の真実にたどり着いた喜びに浸り、その事実に半ば呆然と、そして後ろ髪を惹かれながら帰路に付く。ああ、きっとまた来るだろう、ハノイ。食べ物の力は偉大で、それは今も昔も旅の原動力でもあるのだ。

 

翌日、テレビで国際ニュースを見ていると、米オバマ大統領が伊勢志摩サミットと広島を訪れる前にベトナム・ハノイを訪問する様子が映しだされ、「大統領がローカルレストランで6ドルディナーを楽しんだ」と報じているではないか。映像を見ると、それは間違いなくあのブンチャーである。ローカルビールを飲んで6ドル(約650円)ということだろう。ううむ、自分が感激したあの料理。そのクオリティーはホワイトハウスが認めるレベルにあるこということか。それはそれで嬉しいが、世界中がその存在をさらに知ることにもなった。ああ、どんなにメジャーになってもブンチャーにはこの先いつまでも、「ハノイのローカルフード」としての素朴な味わい(と値段設定)を失ってほしくない、などと願うのは、通りすがりの旅人のわがままだろう。


関連記事:

writer