時刻は午前7時前、さあ、どうしたものかと辺りを見回すと、同じ便で到着した乗客は三々五々迎えや、空港ターミナル前に駐車してあった自分の車に乗り込んで島唯一の町「ラナイシティ」に向かっている。公共の交通アクセスは、ない。アイランド・エアーのスタッフに町まで行く方法はないかと聞くと、親切にも町からタクシーを呼んでくれる。料金は片道5キロ弱の乗車で1人10ドル。正式なタクシー業者は島に1人だけだそうで、お客が8人まで乗れる中古のバンを使っている。1回の所要時間10分弱の運転で最大80ドルの売上とは。ガソリン代や車の修理代が高い、乗客数は不安定などの島独自の問題はあるのだろうが、競合がいないままその料金でやっているところは、小さな島の調和というか無言の約束のようなものなのだろう。それよりも町と空港の距離は5キロ弱。気合を入れれば歩けなくもないことが分かった。日中、島で何かあったらここまで歩いてくればなんとかなりそうだ。世界中どこでも空港は「駆け込み寺」なのである。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b68

タクシーのドライバーに「着いたよ、ラナイシティ」と言われて降りた場所は、一軒の営業中のカフェの前だ。そこは大きな公園を囲む通りの一つで、近くには別のカフェやマーケットなどが数店並んでいる。よく見ると、銀行や行政センターらしきもの、歴史博物館、などもそのエリアに集中しており、そこが町の中心のようだ。周囲には住宅も見える。「シティ」と呼ぶには小さいが、町としての最低限の機能はコンパクトに整っているようで、なにより中心部は道路と公園が整備され、意外にも豊かな印象がある。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b67

空港で食べ損ねた朝食を取ろうとカフェに入ると、自分がそこで少々浮いていることに気づく。周囲はすっかりローカルの人たちの日常的な朝食風景で、皆、互いが知り合いのようである。ほとんどの観光客は朝イチの「通勤フライト」では到着しないし、来てもいずれかのフォーシーズンズに直行し、食事はホテル内で済ますことが多いのだろう。

若干の居心地の悪さを感じつつ、それでも美味しいパンケーキを楽しみ、ローカルに愛想を振りまいて町の散策に出る。と言っても先ほど見渡した公園の周囲がラナイシティのほぼすべてである。島の人口は約3,000人。歩いても30分ほどで回ることのできるこの町以外には人は住んでおらず、フォーシーズンズリゾートのホテルの一つがポツンとビーチ沿いに建っているだけだという。午前7時30分、帰路便の出発まで12時間を残して、すでにやることがなくなってしまった。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b69

それでも英語の旅行ガイドなどで情報を探すと、島に見どころは数カ所あるようだ。しかしツアーに入ろうにも観光案内所も旅行代理店もツアーデスクらしきものもない。それでは自力で移動しようと島に一件だけあるダラーレンタカーのオフィスに飛び込んでみる。実はこの会社に旅行前に車の予約を試みたがオンラインでは叶わず、電話での手配は時間的に間に合わなかった。オンライン予約ができなかったのはこの島の支店が直営ではなくフランチャイズだからだそうだ。たまたま当日の予約がキャンセルになったジープがあるというので、借りることにする。スタッフによると、島の中でも町の中心部を除くと道路状況は極めて悪く、一般車が走って良い場所とそうでない場所があるそうだ。最新の道路状況が手で書き加えられた島の大雑把な地図を渡される。ジープでも走行してはいけない道路とはどんな道路なのだろうかと、ハンドルを握る前から手に汗をかいている自分である。そしてレンタル手続きを進めると、保険はナシ、自損は全額借り主の実費負担、対人・対物も同様であるという。選択肢がないので了解のサインをするが、それはまるでメーカー知れずのジェットコースターに自己責任で乗るようなものである。そしてジープは砂にまみれていて、ドアの開閉も重い。やはりここは「辺境」なのだろうか。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b610

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b611

ぶつぶつと独り言を言いつつも、少々疲れた体のジープを相棒に、浜辺の沖に横たわる難破船や「神々の庭」とよばれるエリアなどの「観光地」まで、砂地の未舗装道路を4WDで突っ走った。日本では体験できないサファリ級のドライブである。そして島は思いの外広い。見渡す限りの砂と岩の荒野という趣で、走っても走ってもどこにも行き着かない。あるのはおそらく太古から変わらぬ太平洋の乾いた島の景色と、アメリカ合衆国が現代文明の証として造った小さく細い道路だけである。この島の大部分がほぼ人間の手が加えられていない美しい世界、と言ってもいい。

時折観光客に出会うが、フォーシーズンズに1周間以上泊まっているような裕福そうな風貌の人が多い。少なくとも日帰りで島を訪れ、レンタカーのジープで砂地の悪路を飛ばしている人には、会わなかった。

ラナイ島は個人所有だと前に書いた。実はそれがこの島が「未開発」である理由の一つでもある。現在、島のほぼすべての土地の所有者はIT大手オラクル・コーポレーション創業者のラリー・エリソン氏である。彼は2012年に所有権を獲得したが、島の開発を拒んでいるわけではない。むしろ積極的な開発計画を発表しており、現在、行政や住民とのすりあわせを行っているという。その開発とは、当然だが島の独裁を目指すものではなく、金持ちの道楽としてのどこにでもある観光開発を行おうとしているのでもない。現在の自然環境を活かしながら、これまでにない循環型の新しい環境モデルの構築を目指しているのだという。実際に住民が生活し、コミュニティがあり、公共の空港が運用されている現役の島を、未来に向けた最先端の環境モデル・社会モデルに変えようとする全く新たな試みである。その取り組みに向けた基本的なアイディアは住民には概ね受け入れられているとされ、その実現のために、実はアイランド・エアーの買収も検討していることが伝えられている。新しい環境モデルを作る際に、地域の航空サービスや空港もその一部に取り込んで行くということだろうか。そうであればまさに世界で類のない革新的な取り組みである。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b612

滞在中にそのような壮大な計画を知ることになり、感激した。辺境だと思って訪れ、目の当たりにした「未開発」の土地は、これから全く新しい世界の未来モデルになるかもしれないのだ。到着時とはかなり違う目で島の各所を見つつ、夕刻に空港に戻る。カフェが一軒もない、と落胆したあのターミナルが、まるで違った存在に見える。エリソン氏が壮大な取り組みの一環として、もしアイランド・エアーの買収を実現させたら、同社のサービスもハワイの島間の航空市場も、地域のエアラインビジネスのあり方も根本から変わるかもしれない。その時ラナイ島は、最先端の環境開発が進む、世界でも最も進んだコミュニティとなり、未来の社会環境とエアラインサービスを統合的に持つ世界で最初の場所になるのだろうか。ラナイ空港は、そのようなまだ見ぬ大きな可能性を秘めている場所なのだ。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b613

帰路のホノルル行きの最終便も、利用者にとってもライフラインだからだろうか、定刻に出発した。乗客は10人前後。乗客同志も客室乗務員もほぼ顔見知りのようだった。まさに通勤バスのノリである。機体後部から搭乗すると、乗務員からキャビンの前半部には座るなと指示。10人だから後方にまとまって座ってくれれば機内サービスするのも楽だ、とのことだったが、機長と共にフライトタイムが25分であることを何度も強調。結局、機内サービスはなかった。もう日も暮れた。1日の仕事もほぼ終えたから、早くオアフの家に帰りたい、ということだろう。客としても不満はさほど感じなかった。1日のラナイ滞在で、ハワイの離島流の寛容さが身についたようである。

ハワイ諸島ラナイ島は広く知られるホノルルのすぐ先にある文字どおりの「秘境・辺境」ではあったが、そこは環境と航空が地域と結びついて発展するという誰も知らない「未来」が眠る土地でもあった。この先、旅行目的地として10年後、20年後のラナイ島とラナイ空港の姿を想像するのは楽しいぞ、と思っているうちに、機体はホノルル国際空港に着陸した。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b614

時刻は午前7時前、さあ、どうしたものかと辺りを見回すと、同じ便で到着した乗客は三々五々迎えや、空港ターミナル前に駐車してあった自分の車に乗り込んで島唯一の町「ラナイシティ」に向かっている。公共の交通アクセスは、ない。アイランド・エアーのスタッフに町まで行く方法はないかと聞くと、親切にも町からタクシーを呼んでくれる。料金は片道5キロ弱の乗車で1人10ドル。正式なタクシー業者は島に1人だけだそうで、お客が8人まで乗れる中古のバンを使っている。1回の所要時間10分弱の運転で最大80ドルの売上とは。ガソリン代や車の修理代が高い、乗客数は不安定などの島独自の問題はあるのだろうが、競合がいないままその料金でやっているところは、小さな島の調和というか無言の約束のようなものなのだろう。それよりも町と空港の距離は5キロ弱。気合を入れれば歩けなくもないことが分かった。日中、島で何かあったらここまで歩いてくればなんとかなりそうだ。世界中どこでも空港は「駆け込み寺」なのである。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b68

タクシーのドライバーに「着いたよ、ラナイシティ」と言われて降りた場所は、一軒の営業中のカフェの前だ。そこは大きな公園を囲む通りの一つで、近くには別のカフェやマーケットなどが数店並んでいる。よく見ると、銀行や行政センターらしきもの、歴史博物館、などもそのエリアに集中しており、そこが町の中心のようだ。周囲には住宅も見える。「シティ」と呼ぶには小さいが、町としての最低限の機能はコンパクトに整っているようで、なにより中心部は道路と公園が整備され、意外にも豊かな印象がある。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b67

空港で食べ損ねた朝食を取ろうとカフェに入ると、自分がそこで少々浮いていることに気づく。周囲はすっかりローカルの人たちの日常的な朝食風景で、皆、互いが知り合いのようである。ほとんどの観光客は朝イチの「通勤フライト」では到着しないし、来てもいずれかのフォーシーズンズに直行し、食事はホテル内で済ますことが多いのだろう。

若干の居心地の悪さを感じつつ、それでも美味しいパンケーキを楽しみ、ローカルに愛想を振りまいて町の散策に出る。と言っても先ほど見渡した公園の周囲がラナイシティのほぼすべてである。島の人口は約3,000人。歩いても30分ほどで回ることのできるこの町以外には人は住んでおらず、フォーシーズンズリゾートのホテルの一つがポツンとビーチ沿いに建っているだけだという。午前7時30分、帰路便の出発まで12時間を残して、すでにやることがなくなってしまった。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b69

それでも英語の旅行ガイドなどで情報を探すと、島に見どころは数カ所あるようだ。しかしツアーに入ろうにも観光案内所も旅行代理店もツアーデスクらしきものもない。それでは自力で移動しようと島に一件だけあるダラーレンタカーのオフィスに飛び込んでみる。実はこの会社に旅行前に車の予約を試みたがオンラインでは叶わず、電話での手配は時間的に間に合わなかった。オンライン予約ができなかったのはこの島の支店が直営ではなくフランチャイズだからだそうだ。たまたま当日の予約がキャンセルになったジープがあるというので、借りることにする。スタッフによると、島の中でも町の中心部を除くと道路状況は極めて悪く、一般車が走って良い場所とそうでない場所があるそうだ。最新の道路状況が手で書き加えられた島の大雑把な地図を渡される。ジープでも走行してはいけない道路とはどんな道路なのだろうかと、ハンドルを握る前から手に汗をかいている自分である。そしてレンタル手続きを進めると、保険はナシ、自損は全額借り主の実費負担、対人・対物も同様であるという。選択肢がないので了解のサインをするが、それはまるでメーカー知れずのジェットコースターに自己責任で乗るようなものである。そしてジープは砂にまみれていて、ドアの開閉も重い。やはりここは「辺境」なのだろうか。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b610

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b611

ぶつぶつと独り言を言いつつも、少々疲れた体のジープを相棒に、浜辺の沖に横たわる難破船や「神々の庭」とよばれるエリアなどの「観光地」まで、砂地の未舗装道路を4WDで突っ走った。日本では体験できないサファリ級のドライブである。そして島は思いの外広い。見渡す限りの砂と岩の荒野という趣で、走っても走ってもどこにも行き着かない。あるのはおそらく太古から変わらぬ太平洋の乾いた島の景色と、アメリカ合衆国が現代文明の証として造った小さく細い道路だけである。この島の大部分がほぼ人間の手が加えられていない美しい世界、と言ってもいい。

時折観光客に出会うが、フォーシーズンズに1周間以上泊まっているような裕福そうな風貌の人が多い。少なくとも日帰りで島を訪れ、レンタカーのジープで砂地の悪路を飛ばしている人には、会わなかった。

ラナイ島は個人所有だと前に書いた。実はそれがこの島が「未開発」である理由の一つでもある。現在、島のほぼすべての土地の所有者はIT大手オラクル・コーポレーション創業者のラリー・エリソン氏である。彼は2012年に所有権を獲得したが、島の開発を拒んでいるわけではない。むしろ積極的な開発計画を発表しており、現在、行政や住民とのすりあわせを行っているという。その開発とは、当然だが島の独裁を目指すものではなく、金持ちの道楽としてのどこにでもある観光開発を行おうとしているのでもない。現在の自然環境を活かしながら、これまでにない循環型の新しい環境モデルの構築を目指しているのだという。実際に住民が生活し、コミュニティがあり、公共の空港が運用されている現役の島を、未来に向けた最先端の環境モデル・社会モデルに変えようとする全く新たな試みである。その取り組みに向けた基本的なアイディアは住民には概ね受け入れられているとされ、その実現のために、実はアイランド・エアーの買収も検討していることが伝えられている。新しい環境モデルを作る際に、地域の航空サービスや空港もその一部に取り込んで行くということだろうか。そうであればまさに世界で類のない革新的な取り組みである。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b612

滞在中にそのような壮大な計画を知ることになり、感激した。辺境だと思って訪れ、目の当たりにした「未開発」の土地は、これから全く新しい世界の未来モデルになるかもしれないのだ。到着時とはかなり違う目で島の各所を見つつ、夕刻に空港に戻る。カフェが一軒もない、と落胆したあのターミナルが、まるで違った存在に見える。エリソン氏が壮大な取り組みの一環として、もしアイランド・エアーの買収を実現させたら、同社のサービスもハワイの島間の航空市場も、地域のエアラインビジネスのあり方も根本から変わるかもしれない。その時ラナイ島は、最先端の環境開発が進む、世界でも最も進んだコミュニティとなり、未来の社会環境とエアラインサービスを統合的に持つ世界で最初の場所になるのだろうか。ラナイ空港は、そのようなまだ見ぬ大きな可能性を秘めている場所なのだ。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b613

帰路のホノルル行きの最終便も、利用者にとってもライフラインだからだろうか、定刻に出発した。乗客は10人前後。乗客同志も客室乗務員もほぼ顔見知りのようだった。まさに通勤バスのノリである。機体後部から搭乗すると、乗務員からキャビンの前半部には座るなと指示。10人だから後方にまとまって座ってくれれば機内サービスするのも楽だ、とのことだったが、機長と共にフライトタイムが25分であることを何度も強調。結局、機内サービスはなかった。もう日も暮れた。1日の仕事もほぼ終えたから、早くオアフの家に帰りたい、ということだろう。客としても不満はさほど感じなかった。1日のラナイ滞在で、ハワイの離島流の寛容さが身についたようである。

ハワイ諸島ラナイ島は広く知られるホノルルのすぐ先にある文字どおりの「秘境・辺境」ではあったが、そこは環境と航空が地域と結びついて発展するという誰も知らない「未来」が眠る土地でもあった。この先、旅行目的地として10年後、20年後のラナイ島とラナイ空港の姿を想像するのは楽しいぞ、と思っているうちに、機体はホノルル国際空港に着陸した。

%e3%83%a9%e3%83%8a%e3%82%a4%e5%b3%b614