バスク1

バスク(BASQUE)はスペインの北部とフランス南西端の大西洋側のビスケー湾に面した地域。独自の歴史・文化と言語を持ち、スペイン側の4県は「バスク自治州」と「ナファロア自治州」としてスペイン本国から高度な自治権を与えられている。そこにはフラメンコと闘牛とは違うスペインがあり、広く隣国フランスにまたがる単一の文化圏を形成しているという。そして「食はバスクにあり」とも称賛されるほどの豊かな食文化も気になるところ。そんな旅心に誘われるまま、初夏のバスク地方をスペイン側からフランス側まで縦断した。

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バスク1

バスク(BASQUE)はスペインの北部とフランス南西端の大西洋側のビスケー湾に面した地域。独自の歴史・文化と言語を持ち、スペイン側の4県は「バスク自治州」と「ナファロア自治州」としてスペイン本国から高度な自治権を与えられている。そこにはフラメンコと闘牛とは違うスペインがあり、広く隣国フランスにまたがる単一の文化圏を形成しているという。そして「食はバスクにあり」とも称賛されるほどの豊かな食文化も気になるところ。そんな旅心に誘われるまま、初夏のバスク地方をスペイン側からフランス側まで縦断した。

バスク2

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バスク自治州の中心都市はビルバオ(Bilbao)だ。ビルバオ国際空港には国内各社がマドリード・バスセロナから国内線を飛ぶのに加え、本数は少ないがヨーロッパ各国のLCCがロンドンやパリなどから国際線を就航している。到着してまず驚くのが、巨大な鳥の翼かくちばしのようにも見える、天井部分が空に付き出したターミナルビルの意匠。建物自体の規模は大きくはなく、またある種の懐かしさを感じる芸術性に富んだ建築だが、デザインが画一化している世界の空港ビルの中ではそのアーティスティックなインパクトは突出している。ターミナル2階の出発ロビーに上がると、曲線と直線の柱が組み合わされた巨大な構造は吹き抜けになっていて、はるか上空のガラスの窓からは自然光がふんだんにまた複雑に取り込まれている。設計はフレーム構造を特徴とするスペイン人の建築家サンティアゴ・カラトラバによるものだというから、納得だ。市内ではこのターミナルの写真を使った絵葉書も売られているから、地域でもシンボリックな存在なのだろう。ちなみにターミナル内のすべての案内表示などは、スペイン語と英語よりも上にバスク語である。

人口30万超のビルバオは歴史のあるヨーロッパ的な古い街でありながらも中心部は驚くほど美しく整備されている。歩道にはゴミひとつ落ちておらず、裏道でさえ少々危険な匂いがほぼしないことが、ヨーロッパの都会としては驚くべきことのように感じる。それには理由がある。ビルバオはスペイン黄金期には国内随一の商都として発展し、19世紀の産業革命期から20世紀初頭までは鉱業・製鉄・造船業の街として繁栄を極めた。世界最古の鋼鉄製の運搬橋として2006年に世界遺産に登録され、現在も現役で使用されているネルビオ川河口に架かる「ビスカヤ橋」も、街の鉄鋼業の最盛期に建設されたものだ。しかしスペインと同地域における鉄鋼業など工業の衰退と共に街は勢いをなくし、荒廃。時を同じくして、バスク地方のスペインからの独立を主張する運動が激化。一部は過激派集団となりマドリードなどでテロ行為に及び、バスクとビルバオの暗い時代が続いた。その後21世紀に入り、同地域がスペインから従来よりも高度な自治権を獲得し、また過激な独立運動の停止が宣言されてからこの街が取り組んだのは、芸術を軸にした街の再生だったのだ。その核となるプロジェクトがニューヨークにあるグッゲンハイム美術館の分館の誘致。ニューヨークにある世界有数のコンテンポラリーアートの美術館「グッゲンハイム」の初の海外分館を街の中心部に建設し、それを中心にかつての鉄鋼の街をアート産業の拠点に変革しようとする構想だ。はたしてその取り組みは成功を収め、「グッゲンハイム・ビルバオ(GB)」は1997年の開館から現在までにビルバオを象徴する存在となる。それに伴い街の中心部は大胆に整備され、芸術の街にふさわしく、エリア全体で徹底的な美化にも取り組んでいる。スペインの経済不安や若者の高い失業率などの厳しい現実から切り離された人為的な「美しすぎる都会」の印象はあるものの、少なくとも旅行者としては不快な思いをしない落ち着いた都市の佇まいである。ビルバオは大規模な都市再生の成功例として、歴史に刻まれていくのだろう。

バスク4

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ビルバオは夜も長い。緯度が札幌と同じ程の高さであることもあり、夏至の頃には夜の10時半くらいまで空は明るい。長い夏の夜をとことん楽しむかのように、深夜まで街中では人通りが絶えない。バルなどの飲食店は毎夜、多くの人で溢れている。旅行者だけでなく地元の老夫婦や家族連れなどもいることから、街全体が安全であることが分かる。

バルにはマドリードなどで「タパス」と呼ばれる酒やコーヒーなどのつまみとして楽しむ小皿料理が、「ピンチョス」というバスク風の名前で店内のカウンターに置かれている。味付けが控えめなのが特徴で、豊富なシーフード料理にはどこか日本の田舎料理を思い起こさせるものも多い。実際、バスク地方の料理は素材と調理法の多様性が特徴でまたそのレベルが高く、スペイン国内から移り住んでくるシェフも多いと聞く。酒も豊富でスペインワインはもとより、地元のりんご酒「シドラ」がお勧め。リンゴ果汁本来の甘さに加え、果肉や皮のすぐ裏辺りのわずかな渋みもしっかりと残る、癖になる舌触りと香りの天然アルコール飲料だ。

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