未明の午前5時。ホノルル国際空港コミューター・ターミナル周辺には、少し湿気を含んだ夏の夜の空気がゆっくりと流れている。ハワイの島々を結ぶフライトは、国際線や米本土への国内線が発着するメーンの旅客ターミナルからは数百メートル離れた、この平屋建てのターミナルに発着する。国際空港の喧騒や時間に追われる人々の表情とは、一線を画すのんびりとした場所だ。
ラナイ島はハワイ諸島の中でも旅行目的地としてマイナーで、オアフ・マウイ・カウアイ・ハワイの各島と比べて情報が極端に少ない。一般に知られている情報がないだけなのか、あるいは本当にそこに何もないのか、何かが隠されているのか、それさえも良くわからない。聞くとこところによると、ラナイは現在、個人が島全体を所有しているらしい。個人所有?土地としての島を所有することは可能だと思うが、そこには人が住み、町らしきのものもあるもよう。定期便が飛ぶ空港もある。個人所有の島の空港とは、どのように運用されているのだろう?うまく想像すらできない世界が、オアフ島ホノルルからたった30分先の海原に横たわっている。
搭乗手続きの順番が回ってきた。と言っても、早朝のカウンターの列には、もともと数人しか並んでいなかったのだが。アイランド・エアーのスタッフがのんびりと行き先を確認して、パスポートをチラ見。預け手荷物がないことは当然という態度で、感熱方式で印刷された搭乗券を手渡してきた。座席番号欄は「OPEN」となっていて、フライトはどうやらフリーシーティングのようだ。
保安検査場を抜けるとそこは3つの搭乗ゲートを備える広い待合室になっている。待合室の一角には「フォーシーズンズ・リゾーツ」が運営する有料ラウンジがあり、フリーアクセスのWi-fi電波も飛んでいる。Wi-fiのSSIDはずばり「Island Air」。旅行者に優しいなんとも太っ腹な会社である。窓越しの駐機場にはATR機が出発準備を整えているのが見える。
このターミナルを使うインターアイランド(諸島間)定期フライトの航空会社はアイランド・エアーとモクレレ航空のみ。もう一社のgo!は2014年4月に運航を停止している。ターミナルやカウンターではつい最近まで「go!」と書かれていたであろう箇所が塗りつぶされたり、カバーが掛けられたりしているのが悲しい。
ハワイ諸島を飛ぶエアラインの歴史は意外にも複雑である。かつては、個人運航のセスナ機やシーニック(観光)フライトなどを除くと、ハワイアンとアロハの大手2社がほぼすべての島々の空港に就航し、競合していた。しかし、燃料の高騰などを背景にアロハ航空の経営が悪化。2008年に破産し、運航停止。その後はハワイアンがホノルルを拠点とする島間路線や長距離路線に路線を拡大するが、よりマイナーな路線、あるいはドル箱とされる島間路線などは、中小の会社が担った。それらは前出のアイランド・エアー、モクレレ航空、パシフィック・ウィング、go!、そしてハワイアンの島間専門の会社OHANAだが、パシフィック・ウィングとgo!はすでに運航を停止している。
島間の航空サービスはハワイの生活と仕事を結ぶ「ライフライン」でありながら、その変化が激しいのだ。それもそのはず、ここはアメリカ国内の最大級のリゾート地であり、国内外から年間800万人以上が訪れる。さらに太平洋で最大規模の軍施設もある。オアフ島を中心に人とモノとカネが常に動いている、ということなのかもしれない。ハワイの空は、一般的な「常夏の楽園」のイメージだけではない、熾烈な自由競争の市場なのである。
搭乗時間が来て、アナウンスが入ると、数十人の旅客が慌てず騒がずといった風情で、ゲートを通過する。さして案内も制限もないまま各自ランプを勝手に歩いて機体に向かう。ただヨーロッパの激安LCCのフリーシーティングのフライト搭乗ような、我先を急ぐ殺気立った雰囲気はない。誰もが、席が空いてなければ立ったまま行くよ、と言わんばかりののんびりムードである。まさに「楽園」の雰囲気である。
難なく着席したこのラナイ島行き始発便はホノルル出発時刻が6時である。早朝便を選んだのは、ラナイ島行きを日帰りにせざるを得なかったためだ。というも島には宿泊施設が3つしかない、2つのフォーシーズンズリゾートのホテルと独立系のホテル・ラナイである。フォーシーズンズは言わずと知れた高級ホテルで1泊4万円以上の高額の部屋が主流だ。ホテル・ラナイは比較的リーズナブルな料金ながらも部屋が10室程しかなく、いつもほぼ満室。宿は行けばなんとかなる、と言ういつもの旅のスタイルが通用しないであろうことを、これもまた旅人の嗅覚で察知し、迷わず帰路便を同日の最終のラナイ発1930発にしたのだ。
日帰りでラナイ島を訪れる人は実際、どれくらいいるのだろうか・・・などと多少の不安を感じながら機内を見渡すと、客室の64席あるは約半分埋まっている。朝イチのフライトだからか、ラナイ島だからか、乗客は誰もその風貌から観光客には見えない。多くは、通勤あるいは出張の趣である。若い男性の1人は工具箱とヘルメットを携えている。話しを聞くと、勤務先が大手通信会社の工事を請け負っていて、出張でラナイ島に立つ通信塔の整備に行くという。観光客が麦わら帽子とビーチマットを持って乗り込むアイランドホッピングのレジャーフライトとは、かなり雰囲気が違う。
機内サービスは乗務員がカートを押して通路を進み、座席順に提供するものではなく、最初に一人ひとりにオーダーを聞きに来て、希望者にドリンクを持ってきてくれる。笑顔でサーブしてくれるものの、なんだか事務的だ。人数が少ない時はそのほうが効率がいいのかもしれない。通勤バスよろしく何も飲まずに寝ている乗客も多く、モチベーションもさほど上がらないのが本音だろう。いずれにしろフライトは地味である。フライトタイムはわずか35分。一眠りしている間にラナイ空港に着くだろうと思っていると、機窓から真横方向に日差しが差し込んでくる。太平洋に登る日の出である。そのタイミングの良さに、妙におめでたい気持ちになる。
そんな厳かな気分もつかの間、機体の高度がどんどん下がってきた。窓の外に目をやると、そこには人の気配はほとんどない岩肌が海岸線まで広がっている。この島、船では接岸上陸できないんじゃないか、と思えるほどの険しさである。「エライところに来てしまった」感で胸がいっぱいになる。
機体がランディングすると、そこには穏やかな空気の流れるラナイ空港だ。ターミナルは小ぶりで日本の海岸沿いの複合公共施設のような雰囲気である。木材を多用し、内部は天井が高く、採光部も広くとってあり、自然豊かなハワイのイメージが上品に演出されている。全空港職員は知り合いか家族や親戚。ターミナルロビーからすべての設備に手が届く、といった印象だ。ただし、これは外観の話である。
早朝のフライトだったため、朝食はラナイ空港に着いてからなどと考えていたが、これについては自分が甘かった。ターミナルにはカフェも売店もない。あるのはコカコーラの自販機と自動の水飲み機だけである。また携帯電話がないと、自力で世界とつながる手段は一台だけ設置されている公衆電話のみとなる(しかし、それもコインが詰まっていて故障している)。空港としてのアメニティの細さに、旅人として心が折れそうである。ターミナルが早朝の穏やかな光と風に包まれていることと、眠そうな顔をした空港スタッフがのんびりと働いている風景だけが、心の支えに思える。
未明の午前5時。ホノルル国際空港コミューター・ターミナル周辺には、少し湿気を含んだ夏の夜の空気がゆっくりと流れている。ハワイの島々を結ぶフライトは、国際線や米本土への国内線が発着するメーンの旅客ターミナルからは数百メートル離れた、この平屋建てのターミナルに発着する。国際空港の喧騒や時間に追われる人々の表情とは、一線を画すのんびりとした場所だ。
ラナイ島はハワイ諸島の中でも旅行目的地としてマイナーで、オアフ・マウイ・カウアイ・ハワイの各島と比べて情報が極端に少ない。一般に知られている情報がないだけなのか、あるいは本当にそこに何もないのか、何かが隠されているのか、それさえも良くわからない。聞くとこところによると、ラナイは現在、個人が島全体を所有しているらしい。個人所有?土地としての島を所有することは可能だと思うが、そこには人が住み、町らしきのものもあるもよう。定期便が飛ぶ空港もある。個人所有の島の空港とは、どのように運用されているのだろう?うまく想像すらできない世界が、オアフ島ホノルルからたった30分先の海原に横たわっている。
搭乗手続きの順番が回ってきた。と言っても、早朝のカウンターの列には、もともと数人しか並んでいなかったのだが。アイランド・エアーのスタッフがのんびりと行き先を確認して、パスポートをチラ見。預け手荷物がないことは当然という態度で、感熱方式で印刷された搭乗券を手渡してきた。座席番号欄は「OPEN」となっていて、フライトはどうやらフリーシーティングのようだ。
保安検査場を抜けるとそこは3つの搭乗ゲートを備える広い待合室になっている。待合室の一角には「フォーシーズンズ・リゾーツ」が運営する有料ラウンジがあり、フリーアクセスのWi-fi電波も飛んでいる。Wi-fiのSSIDはずばり「Island Air」。旅行者に優しいなんとも太っ腹な会社である。窓越しの駐機場にはATR機が出発準備を整えているのが見える。
このターミナルを使うインターアイランド(諸島間)定期フライトの航空会社はアイランド・エアーとモクレレ航空のみ。もう一社のgo!は2014年4月に運航を停止している。ターミナルやカウンターではつい最近まで「go!」と書かれていたであろう箇所が塗りつぶされたり、カバーが掛けられたりしているのが悲しい。
ハワイ諸島を飛ぶエアラインの歴史は意外にも複雑である。かつては、個人運航のセスナ機やシーニック(観光)フライトなどを除くと、ハワイアンとアロハの大手2社がほぼすべての島々の空港に就航し、競合していた。しかし、燃料の高騰などを背景にアロハ航空の経営が悪化。2008年に破産し、運航停止。その後はハワイアンがホノルルを拠点とする島間路線や長距離路線に路線を拡大するが、よりマイナーな路線、あるいはドル箱とされる島間路線などは、中小の会社が担った。それらは前出のアイランド・エアー、モクレレ航空、パシフィック・ウィング、go!、そしてハワイアンの島間専門の会社OHANAだが、パシフィック・ウィングとgo!はすでに運航を停止している。
島間の航空サービスはハワイの生活と仕事を結ぶ「ライフライン」でありながら、その変化が激しいのだ。それもそのはず、ここはアメリカ国内の最大級のリゾート地であり、国内外から年間800万人以上が訪れる。さらに太平洋で最大規模の軍施設もある。オアフ島を中心に人とモノとカネが常に動いている、ということなのかもしれない。ハワイの空は、一般的な「常夏の楽園」のイメージだけではない、熾烈な自由競争の市場なのである。
搭乗時間が来て、アナウンスが入ると、数十人の旅客が慌てず騒がずといった風情で、ゲートを通過する。さして案内も制限もないまま各自ランプを勝手に歩いて機体に向かう。ただヨーロッパの激安LCCのフリーシーティングのフライト搭乗ような、我先を急ぐ殺気立った雰囲気はない。誰もが、席が空いてなければ立ったまま行くよ、と言わんばかりののんびりムードである。まさに「楽園」の雰囲気である。
難なく着席したこのラナイ島行き始発便はホノルル出発時刻が6時である。早朝便を選んだのは、ラナイ島行きを日帰りにせざるを得なかったためだ。というも島には宿泊施設が3つしかない、2つのフォーシーズンズリゾートのホテルと独立系のホテル・ラナイである。フォーシーズンズは言わずと知れた高級ホテルで1泊4万円以上の高額の部屋が主流だ。ホテル・ラナイは比較的リーズナブルな料金ながらも部屋が10室程しかなく、いつもほぼ満室。宿は行けばなんとかなる、と言ういつもの旅のスタイルが通用しないであろうことを、これもまた旅人の嗅覚で察知し、迷わず帰路便を同日の最終のラナイ発1930発にしたのだ。
日帰りでラナイ島を訪れる人は実際、どれくらいいるのだろうか・・・などと多少の不安を感じながら機内を見渡すと、客室の64席あるは約半分埋まっている。朝イチのフライトだからか、ラナイ島だからか、乗客は誰もその風貌から観光客には見えない。多くは、通勤あるいは出張の趣である。若い男性の1人は工具箱とヘルメットを携えている。話しを聞くと、勤務先が大手通信会社の工事を請け負っていて、出張でラナイ島に立つ通信塔の整備に行くという。観光客が麦わら帽子とビーチマットを持って乗り込むアイランドホッピングのレジャーフライトとは、かなり雰囲気が違う。
機内サービスは乗務員がカートを押して通路を進み、座席順に提供するものではなく、最初に一人ひとりにオーダーを聞きに来て、希望者にドリンクを持ってきてくれる。笑顔でサーブしてくれるものの、なんだか事務的だ。人数が少ない時はそのほうが効率がいいのかもしれない。通勤バスよろしく何も飲まずに寝ている乗客も多く、モチベーションもさほど上がらないのが本音だろう。いずれにしろフライトは地味である。フライトタイムはわずか35分。一眠りしている間にラナイ空港に着くだろうと思っていると、機窓から真横方向に日差しが差し込んでくる。太平洋に登る日の出である。そのタイミングの良さに、妙におめでたい気持ちになる。
そんな厳かな気分もつかの間、機体の高度がどんどん下がってきた。窓の外に目をやると、そこには人の気配はほとんどない岩肌が海岸線まで広がっている。この島、船では接岸上陸できないんじゃないか、と思えるほどの険しさである。「エライところに来てしまった」感で胸がいっぱいになる。
機体がランディングすると、そこには穏やかな空気の流れるラナイ空港だ。ターミナルは小ぶりで日本の海岸沿いの複合公共施設のような雰囲気である。木材を多用し、内部は天井が高く、採光部も広くとってあり、自然豊かなハワイのイメージが上品に演出されている。全空港職員は知り合いか家族や親戚。ターミナルロビーからすべての設備に手が届く、といった印象だ。ただし、これは外観の話である。
早朝のフライトだったため、朝食はラナイ空港に着いてからなどと考えていたが、これについては自分が甘かった。ターミナルにはカフェも売店もない。あるのはコカコーラの自販機と自動の水飲み機だけである。また携帯電話がないと、自力で世界とつながる手段は一台だけ設置されている公衆電話のみとなる(しかし、それもコインが詰まっていて故障している)。空港としてのアメニティの細さに、旅人として心が折れそうである。ターミナルが早朝の穏やかな光と風に包まれていることと、眠そうな顔をした空港スタッフがのんびりと働いている風景だけが、心の支えに思える。